


旧岐阜県庁舎は、岐阜市司町に大正13年に建設されてから90年以上が経過し、この間、昭和41年までは岐阜県庁舎として、以後は岐阜総合庁舎として県民の皆様に親しまれてきましたが、耐震性の問題から、平成25年3月31日をもって閉庁しました。
現在、安全性の確保のため内部に立ち入ることはできませんが、建物の内部には文化的価値のある部分が複数残されています。
旧岐阜県庁舎は、大正13年に建設されました。現存する鉄筋コンクリート造りの県庁舎としては最初期の建物です。外観はシンプルかつ力強いモダニズム*1 に近い見た目をしていますが、よく見ると幾何学模様が特徴のアールデコ*2 風の意匠でまとめられています。優れたデザインとともに、建築史的にも大きな意味を持っています。
*1.モダニズムは、伝統やそれまでの考え方を否定し、現代的な新しさを求める考え方です。この思想を元に、それまでの華やかで装飾の多い建築様式とは反対に、シンプルで無駄のない機能的なデザインで造られたのがモダニズム建築です。*2.20世紀前半に、フランスを中心に流行したデザイン様式です。「装飾芸術」と言う意味で、図形が繰り返される幾何学的な模様や、単純・直線的なデザインが特徴です。
竣工時正面外観(『岐阜県庁舎新築落成記念写真帖』岐阜市歴史博物館所蔵)
大正12年、工事開始後に関東大震災が発生しました。その影響により、当初予定されていた屋上の高い塔の建設や、壁面レンガ張りが中止になりました。その代わり、壁面をコンクリート製にするなど、耐震を意識した設計に変更されました。
旧岐阜県庁舎が建てられた大正時代は、鉄筋コンクリート構造の庁舎の黎明期でした。ほとんどの装飾を廃した簡素な外観など、当時としてはまだ数少ないモダニズムに近い意匠表現が採用されています。
正面外壁上部の5か所には、長六角形のモチーフが見られます。このモチーフは建物全体に用いられています。玄関ホール階段の親柱、旧知事室の扉にある飾り彫り物、正庁のステンドグラスのデザインの一部など、様々な場所にこのモチーフがあります。
旧岐阜県庁舎は装飾の少ないシンプルな外観をしています。一方で、正面の中央部と東西角を少し張り出させることで立体感を生み出すなど趣向が凝らされています。このような、様々な意匠が施されていることで、旧庁舎は風格ある佇まいをしているのです。
正面玄関の扉は、金属格子にガラス入りで重厚な印象です。玄関扉を抜けると、そこには2階まで延びる正面階段が目に飛び込んできます。さらに、玄関扉上部の壁には6枚のステンドグラスが配置されています。岐阜県の美しい自然や山岳などがモチーフとなっています。
玄関ホール(『岐阜県庁舎新築落成記念写真帖』岐阜市歴史博物館所蔵) 階段左右にはブース状に飛び出した守衛室があります。そして、その上部はテラスのような小スペースになっています。階段ホールへは正面だけでなく、この左右スペースからも行き来できます。
2階部分は吹き抜けで、開放的な空間になっています。また、ホール内部の壁は上下で材質を変える工夫が施されています。上部は漆喰仕上げとなっている一方で、人が触れる下部の壁や階段周りなどは、灰色系の大理石(大垣市赤坂産)が多く使われています。
金属格子にガラス入りの玄関扉は重厚な雰囲気を感じさせます。扉の上部には岐阜県の自然や山岳をモチーフとした6枚のステンドグラスが配置されています。
階段の親柱には、長六角形のモチーフがあります。これは建物全体に用いられているモチーフで、ここ以外にも、旧知事室の扉の飾り彫り物、正面外壁上部5か所、正庁のステンドグラスのデザインの一部にみられます。
玄関ホール内部の壁は上部が漆喰仕上げで、人が触れる下部の壁や階段周りは灰色系の大垣市赤坂産の大理石が多く使われています。
この大理石仕上げは、2階の階段ホールに通じる開口部周りにも施されています。
2階の中央階段ホールは、2階から3階の吹き抜けで、高さが強調された空間です。天窓からは光が差し込みます。
階段は踊り場で左右に分かれるT字型の構成で、階段を囲むように12本の大理石の柱が並んでいます。階段ホールの床には常滑産のモザイクタイルが使われています。
階段ホール(『岐阜県庁舎新築落成記念写真帖』岐阜市歴史博物館所蔵)
竣工時、天窓には旧正庁と類似したステンドグラスや玄関ホールの飛騨の風景と対となる美濃をモチーフにしたステンドグラスがはめ込まれていました。階段の手すりに金属製と思われる装飾、柱上部にも柱頭飾りがついているなど、豪華な階段ホールであったことがうかがえます。
庁舎の中央に位置する中央階段ホールは、2階から3階までの吹き抜けです。Tの字に上る階段を12本の大理石の柱が囲み、高さが強調された空間には、天窓から光が差し込みます。
階段は正面からまっすぐ上がって踊り場で左右に分かれるT字型の構成です。階段の踊り場など階段ホールの床には常滑産のモザイクタイルが使われています。
中央階段ホールの天井には天窓が設置され、大理石張りのホールに光が差し込みます。竣工時は、旧正庁と類似したステンドグラスがはめ込まれ、今以上に豪華な階段ホールでした。
旧正庁は赤いクロス張りの壁となっています。壁面の下から3分の2程度は木材の柱にクロス張りです。そこから上部および天井は漆喰で塗り籠められています。四方全ての壁面の漆喰部分には、縦楕円形の模様が見られます。北側の壁の中央には緞帳(どんちょう)が飾られており、正面性が強調されています。
旧正庁(『岐阜県庁舎新築落成記念写真帖』岐阜市歴史博物館所蔵)
戦前まで正庁では、壁に御真影を掲げ、元日、紀元節、天長節の三日間だけ判任官と呼ばれる職員以上のみが出席する式典に使用されていたと考えられています。
四方全ての壁面の漆喰模様に見られる縦楕円形は、4つの扉上方に施された木部彫刻の模様にも用いられています。
ステンドグラスは長六角形・渦巻き・四角形などの要素で構成されています。
この長六角形のモチーフは、建物全体に用いられており、その他にも、正面外壁上部5か所、玄関ホールの階段親柱、旧知事室の扉の飾り彫り物にもみられます。
東副室
旧正庁の東西両側には副室があり、正庁と一体で使用されていました。
昭和27年から、正庁が賓客などの応接や会議室として使用されるようになり、一方、副室は一時知事室としても使用されていたと言われています。
西副室
旧正庁の東西両側には副室があり、正庁と一体で使用されていました。
昭和27年から、正庁が賓客などの応接や会議室として使用されるようになり、一方、副室は一時知事室としても使用されていたと言われています。
3階東側階段(旧知事室)前から旧正庁へ通ずる廊下
旧正庁、知事室などがある3階の廊下は、南側執務室とガラス戸で仕切られ、また東西の階段室が天窓まで吹き抜けになっているため、外の光が差し込む明るい空間となっています。
近代建築において、ステンドグラスは重要度の高い場所に置かれるなど、空間の格付けの役割がありました。この旧庁舎でも、3階の正庁や玄関ホールの欄間に木内真太郎作のステンドグラスが取り付けられています。
かつては、玄関ホールに飛騨の風景、階段ホールに美濃の風景、という対になったモチーフのステンドグラスが飾られていました。現在、美濃を描いた長良川鵜飼と養老の滝の2図は岐阜県庁舎議会棟の2階に移設されています。
玄関ホール欄間「飛騨アルプスに高山植物」
玄関ホールの扉上部、欄間の一番左に設置されているステンドグラスです。
玄関ホール欄間「飛騨アルプス 槍ヶ岳」
玄関ホールの扉上部、欄間の左から2番目に設置されているステンドグラスです。
玄関ホール欄間「飛騨アルプス 焼岳」
玄関ホールの扉上部、欄間の左から3番目に設置されているステンドグラスです。
玄関ホール欄間「飛騨アルプスに三連山」
玄関ホールの扉上部、欄間の右から3番目に設置されているステンドグラスです。
玄関ホール欄間「飛騨アルプスに傘雲」
玄関ホールの扉上部、欄間の右から2番目に設置されているステンドグラスです。
玄関ホール欄間「木立の飛騨アルプス」
玄関ホールの扉上部、欄間の一番右に設置されているステンドグラスです。
階段ホール3階東壁面「長良川鵜飼いの図」
長良川鵜飼いの図は、ステンドグラスでは珍しい夜景が描かれています。篝火の動きを川の流れに合わせ、川面に光の落ちる様を巧みにガラスで表現しています。現在は、岐阜県庁舎議会棟の2階に移設されています。
階段ホール3階西壁面「養老の滝の図」
養老の滝の図は、滝つぼ手前の岩のガラスに光と水と影を表現するため、一枚のガラスの中からイメージ通りの部分を吟味し、切り取ってはめ込んでいます。現在は、岐阜県庁舎議会棟の2階に移設されています。
旧正庁南側欄間のステンドグラス
旧正庁の南面欄間には、6か所ステンドグラスが取り付けられています。1か所あたり4枚組のデザインで、長六角形、渦巻き、四角形といった要素で構成されています。描かれているのはモダンな若木のイメージです。
正庁を除く幹部が使用していた執務室などには、大理石のマントルピース*3が設置されています。マントルピースの意匠は、幾何学的でアールデコ風のデザインに特徴があります。六つの部屋は、それぞれ使用されている石材や意匠が異なっています。
*3.マントルピース:居間やホールの壁につくりつけられた暖炉のまわりに行う装飾のことをいいます。ここでのマントルピースは、屋外へと繋がる煙突を持たないため、暖炉としての機能ではなく意匠として設置されたものと考えられます。
旧知事室(旧庁舎3階の東側に位置する)
旧知事室のマントルピースには、日本初輸入のイタリア産大理石「ネンブロロザート」が使用されています。また、中央の菱形部分には岐阜県産の大理石「更紗」が使われています。
その他、室内の東・南壁面上方にひし形の装飾、北面2か所、西面1か所の扉には長六角形と渦巻きを組み合わせた装飾が見られます。
旧知事室の扉
旧知事室の扉にある飾り彫り物には、長六角形のモチーフが用いられています。このモチーフは建物全体に見られ、ここの他に、正面外壁上部5か所、玄関ホールの階段親柱、正庁のステンドグラスのデザインの一部に見られます。
旧内務部長室(旧庁舎3階の西側に位置する)
旧内務部長室のマントルピースは、本体に岐阜県の錦紋黄、中央の装飾には山口県の黒霞が使用されています。
西側の角部屋に位置する旧内務部長室は、西・南壁面に旧知事室と同じ装飾が施されています。また、北面2か所、東面1か所の扉にも旧知事室と同じ装飾がされています。
旧食堂(旧庁舎3階の北側に位置する)
旧食堂のマントルピース本体は徳島県の淡雪で作られています。装飾部分には山口県の黒霞が使用されています。
旧食堂は、北壁面の上方の木部の装飾、全ての壁面に長八角形模様の装飾が取り付けられているのが特徴です。
旧会議室(旧庁舎3階の南側に位置する)
旧会議室のマントルピース本体は徳島県の加茂更紗で、装飾部分には岐阜県の美ノ黒が使用されています。室内の柱とマントルピース上部には、若葉とひし形を組み合わせた装飾が施されています。
旧警察部長室(旧庁舎2階の東側に位置する)
旧警察部長室のマントルピース本体は岐阜県の錦紋黄で作られています。装飾部分には山口県の黒霞が使用されています。
旧学務部長室(旧庁舎2階の西側に位置する)
旧学務部長室のマントルピースは埼玉県の貴蛇紋で作られています。
玄関ホール・中央階ホールの大理石には、「シカマイア*4(正式名称:シカマイア・アカサカエンシス)」と呼ばれる、二枚貝の化石が含まれています。
この貝は地球史上最大級で、全長1メートル以上とも言われ、学術的にも高い価値があります。
*4.シカマイア:古生代ペルム紀の巨大な二枚貝のことをいいます。畳一枚ほどの大きさにもなり、史上最大の二枚貝と言われています。岐阜県の赤坂金生山で初めて発見されました。
旧庁舎の化石
シカマイアは今から2億5千万年前、赤道近くの暖かくてきれいな海に住んでいました。大陸移動により徐々に北へ運ばれたシカマイアの化石は、日本列島を構成する土台の地層に取り込まれました。現在では岐阜県の大垣市などで見ることができます。
正面玄関の大理石
正面玄関などに使用されている大理石は、重厚な表現にとどまらずシカマイアという学術的にも価値の高い化石を含み、「世界に誇る貴重な地球史遺産」となっています。
シカマイア復元模型
大きさの割には殻が薄く、硬い石灰岩中に含まれるため、シカマイアだけを取り出すことは容易ではありません。
そのため、多数の断面のスケッチをもとに復元模型がつくられました。
シカマイア断面資料
正面玄関の大理石には、シカマイアの化石が含まれているため、シカマイアに関する資料を所蔵しています。
シカマイアの殻の先端部分
殻が厚い先端部は、よく保存されています。また、シカマイアの殻は、一般の二枚貝と違い、左右の大きさが微妙にことなっているようです。
シカマイアの右殻の内部
シカマイアを含む大理石を使用している正面玄関の展示コーナーでは、シカマイアの資料を紹介していました。
旧岐阜県庁舎建築文化財調査報告書